残業が続き、終電続き。
泣きたいというか、ちょっと泣いた。
日付を跨いでから家に帰り夜ご飯を食べ、この後に寝るのは休息なのかもう今日の仕事へ向かうための準備なのか。
そんな悲しい思いを抱えながらも人は前に歩いていくもので。
色々本を読みまして、気づきを得たので少しだけ書いてから寝ます。
最近の気分の落ち込み、これはもちろんスキーマも関係していると思う。
でもね最近のわたしは大事なことを忘れてたみたい。
マインドフルネスって、過去や未来にとらわれないことだよね。
仏教関連の本を読んでいて、
苦しみを認めること、浮かんできた感情を消そうとせずただ認めること。
そういうことが書かれていて、はっとした。
わたし、辛い記憶が蘇ると何度も何度も記憶を辿って源流を探してた。
苦しみは1秒でも早くなくなって欲しいと思った。考えないで済むなら考えたくなかった。
苦しみの存在を認める。言い方を変えれば、苦しむことは悪いことじゃない。苦しみがあるのは、悪いことじゃない。
苦しいから逃げたい、それは自然な心の動きだけど、逃げなくても良いんだ。
苦しみを感じること自体に罪を感じていた。
マインドフルネス、最近できてないのかも。
怒りや悲しみが湧いた時気づくことはできる。
でもやっぱりジャッジはしてる。
わたしはお寺がやってる幼稚園を出てるのだけど、人生の最も安らかだった頃が幼稚園だったのと
また別の、地元のお寺がフィーリングで好きだったりして(宗派はどっちも違うけど)
なんか仏教と波長が合うようで、何度かこの本は読み返そうと思ってる。
本の中で大切な人の300年後を想像するってのが出てくるんだけど
考えたら泣いちゃった。
300年後、わたしは生まれ変わりとか魂とかも信じてはないんだけど、大切な人たちには安らかでいて欲しいと思う。どんな形でも。
50年後とか、100年後とかは考えたことある。
親が死んじゃったらとか、友達が死んじゃったらとか、自分が死ぬ時とか、独りになる時とか。
300年後は、わたしが思い浮かべられる人たちはみんないないものね。不思議な感覚だった。ついこの間生まれた赤ちゃんだって、300年後はもういない。
不思議だね。生きてるのも死ぬのも。
見えてるものはわたしが見てるものでしかないんだなって、不思議な気持ちになったよ。