一応それなりに生きてきて色んなこと知った気になっていてもやっぱり今更気づくことってある。
世の中不平等、というのはわかってる。生まれたものは等しく死ぬしそういう平等はあれど、基本的に生まれた時代や性別、身体特徴や外見、いくらでも条件があってそれぞれが生きやすさや幸福度に関わってくる。
そういうのはわかってた。今更どうってことない。
でもね、自分が憧れていた人や羨ましく感じていた人が実は経験していたものが自分にとっては盲点だった。
ちなみに別に不平等に不満を言う話ではない。見えていなかったものが見えて不思議な気持ちを綴りたいだけ。
私はある漫画家さんが好きでメイキング本も持ってる。ブログもよく読んでたしどういうふうに描いてるかは公開されてる範囲においてはかなり知ってた。同じ画材買ったり絵柄もたくさん真似して描いた。
その人の印象は絵が好きで才能がある人だった。描きながら自分で塗り方を編み出したんだと思ってた。
けど多分その限りではなかった。最近水彩の指南書を読んでいて、出てくるテクニックはその漫画家さんが使うものと共通していた。
んな基本テクニックがあるんかい!!
率直に言ってこれ。なんでか私はその人はその作画方法はその人独自のものだと思い込んでいた。
私はこれまでの人生、特に絵については技法を学ぶのは凝り固まる一因だと思っていた。なんていうのかな、デッサンとか大事だけど技法は小手先のもので学ぶより自分で描かなきゃ意味ないみたいな。うーん違うか。なんていうか、とにかく、自分が技法を学んだりしていることを自分で否定していた。自分は絵が好きだったけど、得意だと思ってたけど、描けない。下手くそなんだ。才能なんてないんだとそう言う感だった。
学びは本来喜びだから受験の詰め込み勉強は望ましくないし本当に賢くはなれないみたいな。そういうの。うーんうまく言い表せない。
そう言う価値観があった。
昔美大の芸祭に行ったことがあるが、その時の展示で動物のフィギュアのようなものがあって、毛皮の中から花が溢れてるみたいな作りをしていたんだけど、やっぱり美大生って違うんだな…と思ったのを覚えている。プラスチックを作ってる…?特別な設備を使えるんだなと。
今はわかる。あれは粘土で作ってると思う。あの頃のわたしはみんな自分で作り方を編み出してるから素人が何使って作ってるんですかなんて聞こうものには反感を買うとさえ思っていた。(そういうケースもあるとは思う)
小学校の掃除当番の表。ルーレットみたいにクルクル回せるやつだった。持っている工作本に、そういうからくりを持つものがあって、作りたくてたまらなかった。それの名前がわからなくて、画鋲と言っても親に伝わらなくて手には入らなかった。今ならわかる。「割りピン」だ。
それまた昔、半透明のセロハンを重ねる工作がやりたかった。それはセロハンと名前が出ていたので親に言ったが手に入らなかった。
なんか色々脱線したが、
詳しい人がそばにいたり、絵を習っていたら、専門科目を取ればもっと早く知れたかもしれないこと
知識があれば手に入ったかもしれないもの
親が手配してくれたかどうか。
そう言う面の差を、最近感じていて。これもある意味不平等だなと思って。
でも不満じゃなくて。
遅くなったとしても知識を得た。そして周囲の人の力でなく自分で手に入れることもできるようになった。
当然時期の違いはある。年齢としては色々遅いかも。
でもあの頃知り得なかったことを知って、立ちえなかった位置に今立ってる。実現しない理想だとかたらればの話をしてもしょうがないのだから、マイペースにやっていこうと思った。