激凹み不調と若干の浮上

ブログがあるっていいですね。
更新頻度が減るかもと言いながら、やっぱり更新はしておくに越した事ないと思った。
というのも今週はめちゃくちゃ落ち込んだからだ。

希死念慮というのとはまた違う、もう少しライトな(ってのも変なのだけどわかる人もいると思う)
実際死ぬことはない、でも深刻に心の奥に感じる「しにたい」という感情。

これはどちらかというと、消えてしまいたい、いっそころしてほしい。
罰を与えてほしい。もう存在するのがつらい。という感覚。本当に死にたいわけではない。
そう、本当に死にたいわけではないところまでこれたのが実はすごいことだとも思っている。

で、週末はそうして打ちひしがれていた。
電車でも涙が込み上げた。自分の気持ちをジャッジしてしまうのが私の悪い癖でもあって、
だからあまり、気持ちを思考で決めつけないようにしようと思って頭の中で戦っていた。

ざっくりいえば仕事でミスをしたのだが、
私がこうして苦しくなるのは、どうしようもなく自己肯定感も自信も(元からあんまりない)
この先の希望も頑張っていく気力も尽きてしまうのは、なんでなんだろうと思った。
やっぱり思考、してしまってはいる。

けどとにかく一旦、自分の気持ちがどういう気持ちなのかに意識を向けた。
悲しみ。戸惑い。不安。恐怖。無気力。絶望。
怒り。悔しさ。居心地の悪さ。

いろんな気持ちがあった。
自分だけが悪かったのかと、周囲の人を責めたくなる気持ちもあった。
それが客観的に正当なのか、ただの責任転嫁なのは一旦置いておいた。
なんにせよ、それはあくまで二次的な感情だと思った。

一番自分のなかに渦巻いていたのは、多分助けを求められない根本的な悲しさ。
「たすけてほしい」「自分にはできない」と、そういう意思表示をできない苦しさ。
「意思表示ができない」が絶対的に解決できないハードルとなっている。
よくなかったのはわかっているけれど、ではどうしたらよかったのか、
どうすればいいのか、そういう戸惑いが渦を巻いて大きくなって、
それがやがて「どうして誰も気づいてくれないのか」「どうして他の人は周りがやってくれるのか、周りが気づいてくれるのか」という不満や怒りに変化している、のではないか。

つくづく思った。私は本当に、人に助けを求められない。
できない、困っている、助けて、そういうことを、口に出すことがどうしてもできない。
そうやって書くと、完璧主義で一人で背負いがちに見えるかもしれない。
実際当てはまってはいると思うが、このタイプに多い「限界を超えて一人でやれてしまう人」ではない。
私は、できない。できないまま、助けも求められず、どうにもならなくなる。
なのに、それを謝ることはできる。

それが自分の中にあるひどい歪みだと思った。
迷惑をかけたくない、でも迷惑はかけている。迷惑をかけないためには、早めに人に頼る方がよいのだと、頭ではわかっている。それがとにかく、できない。
以前は、自分でなんでもやりたいからなのかと思っていた。でも多分違う。
私は人に頼ることができず、組織で動く以上自分で100%責任を負えるものでもないのに、帰結するのは「自分が全部悪い」だから謝ることはするしそこに行き着く。
行動パターンになっているのかもしれない。問題を問題のままどうにもできず最終的に実害が出て謝る。自信なんかつくはずがない。

少し別の場面。友達に久しぶりに連絡した。
お出かけの誘いをしたのだが、なんだか歯切れの悪いことしか言えなかった。
当たり障りのない言い方になってしまい、すごく壁を感じた。
多分壁を作っているのは、この場合私なのだ。
友達には、断る自由があるし、断るも、いやいや承諾するも、喜んで承諾するも自由で
その子がとることのできる選択なのに、私はどうしてか相手が断れないのではないか、
相手が本当は嫌だけど言い出しづらいのではないか、
私とはそもそも遊びたくないのではないか、とかそういう考えが頭を埋め尽くして
中途半端な誘い方になった。そりゃあ相手からしたら断るハードルは下がったかもしれない。
でも、私が相手を誘うのにものすごく気を遣って相手からしたら「壁がある」と感じたのではないかと、今になって思う。

遊びたい。一緒に行きたい。でも無理強いしたくない。相手が我慢するのはだめだ。
相手はいやいや自分の用事に付き合っているのかもしれない。
相手はいやいや私に構っているのかもしれない。
関係を断つまではできないから付かず離れずの位置を保っているのかもしれない。
「また今度」は、相手にとって実は「この先ない」ことの示唆なのかもしれない。
そういう「疑い」が根底にある。
「行きたい!」と同じくらいの熱量でないと、不安が溢れてしまう。

私はおそらく、誰も、心から信じていない。
これは周囲の人間性の問題じゃない。私の中にある問題なのだと思う。
誰のことも信じられないと、感覚も麻痺してもはや本当に信じるべき人と信じるべきでない人の見分けだってつかない。
(自分が友達と呼んでる人たちには最悪裏切られてもいい、という気持ちはあるのだが、「裏切られても」が、仮定というよりいつか起こりうる前提として存在しているのが、重症な気がしている)

「自分から連絡をとらなければ途絶える関係性」って、割とあると思う。
私には特に多いと思う。自分にとって大事でも、相手にとっては数あるうちのひとつで、例えば私が死んでもなんの影響もなく友達たちの人生が進んでいくような。
それが悲しいのはもちろんのこと、その構造を作る要因のひとつに、「私にとってあなたは大切な人」という表現を、私が人に対して全くしないのが、あるんじゃないかと思う。

私が関わる人、家族と呼ぶ人、友達と呼ぶ人、それ以外の関係でも自分が大切に思う人はいる。
なのに不思議だった。誰も、私が大切にしていることは知らないらしかった。
この1年家族との関係で色々あったが、その中で感じた。
私が家族のためにと思ってしていたこと、何一つ家族には伝わっていない。
お金を払うっていうわかりやすい行動に対しては感謝されたことが何度かある。
けどその後ろにある私の気持ちは、多分だれも知らないようだった。

私の気持ちは、どこで消えてしまったのだろう。
私自身が押し殺してしまったのか、伝え方の問題で伝わり切らずに霧散したのか、
相手に受け取ってもらえなかったのか。

中学生の頃。「不思議」と言われる理由を友達に聞いたら、「自分のことをあんまり言わないから」と言われたことがある。そんなつもりはなかったから、その部分についてずっとずっと答えを探していた。それが大人になってからじわじわと浮かび上がって突き刺さってくる。

スキーマ療法ワークの過程を綴ったノートをめくってみた。
スキーママップ?モードマップ?10月ごろに作成して
自分で名前をつけたスキーマモードたちをひさしぶりに見たが、
いまの状態に当てはまるものもやはりあった。

・「いい娘・しっかり者」モード
→人を悲しませたり裏切ってはいけない。困らせたり負担をかけてはいけない。自分を優先するのは悪いことだ。
→とにかく耐える、押し込める/キャパを超えてなんとかしようとする/「立派」になろうとする

・「こんな自分を見せたら否定される・見放される・人を傷つける」モード
→人を頼るくらいならできないままでいいと、罰や過失(自分の評価が下がる)をとる
→人との関係を遮断する

・「私のために関心や労力を払ってくれる人はいない」モード
→話を聞いてもらえない。事実と違うのに理解してもらえない。まともに取り合ってもらえない。自分は常に誰かの二の次三の次。

3つあるけど相互に重なる部分も多いと思う。
でも最後のやつは今回の反応に特に色濃く出ている気がする。
話を聞いてもらえなかったり、話を聞いてもらいたいときに迷惑がられたり、聞いたことに答えてくれなかったり、自分の気持ちを受け取ってもらえなかったり、拒絶されたり否定されたりした。
嫌なことをやめてほしいと伝えて、約束したのにいとも簡単に破られてきた。何度も。
弱みを見せられない。っていうスキーマもあるけど、伝えてもどうにもならない。っていう閉塞感が心の奥にあるのだと思う。

こんなこと、とおもわれるかもしれないが、ずっと悲しいことが一つある。
私は小学校高学年頃から、時間や期日を守るのができなかったり忘れ物をしたりしていた。
それは中高にあがるとより顕著に重要度が高いものを含むようになってきて、
あるとき、間に合わない、とパニックになって母に車で送ってもらえないかと頼んだことがあった。
そのときに言われた
「どうせ送ってもらえばいいと思ってのんびりしていたんだろ」
「最初からそれをあてにしていたんだろう」
というような言葉。当時の私はこれが本当にショックだった。
違う。
違うって言ったけど、信じてもらえなかった。
それからはどうだったか。自己管理が相変わらずできず、頼むことはあった。でもその度に呆れ、ため息をつく母を前に、頼むのが怖くなっていった。時間を守れるようにできることはしたつもりだった。
一人の時は当然誰にも頼れないし、それこそ間に合わないことが何度かあった。痛い目は何度も見た。でも治せなかった。母には頼めなくなった。間に合わない。申し込めないとか、単位を落とすとか、そちらをとるようになった。時間を守れない私が悪いんだから、自己責任だ。と飲み込んだ。
何かの資格を失ったり単位を落としたとかいう話は、母には隠した。(進級はふつうにした)

高校生の頃には終電を逃したことがあった。携帯の充電も切れた。
公衆電話では確か家には繋がらなかった。うちにはお金がないという話をしょっちゅう聞いていたし、お金を使うことがタブーだと思っていたので、タクシーはNGだと思っていた。
だから歩いて家に帰った。日付をとうに跨いで深夜だった。街灯がなく道もわからないが線路の方向と、途中からは月明かりを心の支えにして泣きながら家に帰った。玄関に入って母にひどくしかられた。
兄たちは強姦でもされてたりしてと冗談を言って笑っていた。今思えばそれもあんまりだ。

自分が悪いし、しょうもないと思うけど、
いまだに遊んだ帰りに友達の家族や彼氏が迎えに来るのを見たり、
駅前で待っている車に、当たり前のように乗りこむ学生なんかを見るとすごく苦しくなる。
羨ましくてたまらない。

友達が寒いとか疲れたとかいって親に電話して「迎え来て〜」と何気なくいうのを、
すごく羨ましいと思ってしまう。甘えだと批判したくなるほどに羨ましくてたまらなくなる。
時間については一例だけど、でもこれが人にするお願いの中では一番自分のハードルが高いと思う。

習い事帰りにいろんな家からするご飯の香りとか、毎日お弁当作ってもらってる友達とか、
羨ましいと思うことってそういうのが多かったな。

認知が歪んでいるところもあるのかな。わからない。
ふつうはどうなんだろうと考えたら、ふつうは時間は守るだろう。
それができないのが情けないし恥ずかしい。
人に何かを頼む時、いつも神に許しを乞うような気持ちになっている。
むしろ罰を乞うような気持ちになってることもある。

この気持ちは、今の自分が人に頼れないことに、関係しているのだろうか。
書いてみるとあの気持ちをいつも繰り返しているともいえるような気がする。
確か、高校の時、奨学金の申請書類が間に合わなくて、奨学金の申請ができなかった。
確か父と母両方に何か書類の依頼をしないといけなくて、それが間に合わなかった。
以前、過去の振り返りで昔のケータイのデータを見た時、それについて父から叱るメールを見つけた。
詳しくは覚えていないが、あの時は性格がきつい先生が申請担当だったのもあって、
相談に行った時もボロボロに言われて泣いていた。
あの頃の気持ちは、反省はもちろんあったけど、反省よりも自己嫌悪が大きかった気がする。

ここに書くのも恥ずかしい。見ている人がいたらなんて言われるのかがこわい。
何を言われるのか、なんて疑問系を使いつつどう言われるのかを知っている。
だから人に言いたくない。隠したい。非難されるのが怖い。

本当は色々、別の出来事・感情の部分での気づきも書きたかったけど、
今日はこの人に頼れない気持ちと昔の出来事のつながりがあるのかもしれない・・・
ってところで終えておく。涙が止まらないのは、関係があるからなのかな。